2012年5月22日 (火)

学科長の主張、の日

 私は理事長に言いたい・・・・・

 私を「親分」って呼ぶな~!!

 で、目下疲労困憊中・・・・・

 さらに、某祝賀会を楽しみに、カウントダウン中・・・・・

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2012年5月21日 (月)

日蝕と犬、の日

 関西で観測できる次は300年後だっていうから、さすがに生きていないだろう私は見とかなきゃね、ということで早起き。
 皆既日蝕じゃないので、真っ暗にはならないけれど、徐々に日の光が弱ってきて、「こりゃ、大変だ~!」と古代の人は思っただろうな、と実感できた。思わず、日蝕の時の作法について儀式書を確認する(学生さんは探してみよう!)。
 で、いろんなメディアで動物の反応が報告されているけど、我が家の犬はこんな感じ。

2012_052120120011 朝早くから人間が右往左往するので、訳がわからず、不安のどん底に落ち込んだ衛府。
 ちなみに、ハナは自分のいつもの朝を満喫していた。

 非常勤先で留学生さんに日蝕を見たか聞いてみたけど、あんまり関心がなかったみたい。一緒に「踊らされる」のもそれなりに楽しいんだけどなぁ。

 金曜日の「犠牲者」一覧・・・
・その1:学部長 
  別宴会に乱入された上に、それが終了後にキョウラクと一緒に無理矢理呑むことになり、あまり食べていないにもかかわらず(呑んでたけど)、お札を一枚取り上げられた。

・その2:前学部長 
  学外の会議が彦根で開催されたため、「すぐ近くで呑んでいるから・・・」とキョウラクに携帯電話で呼び出され、空きっ腹を抱えてカウンターに座わったのに、「車に乗ってきたのなら、長岡京まで連れて帰れ~」という無体な要望を拒否しつつ、とりあえずお茶でアテを流しこみ、なのに、お札を一枚取り上げられた。 

・その3:学部の事務局さん
  キョウラクの愚痴を親身になって聞いている内に、「呑まずにいられませんよね!」と決めつけられ、呑みに行くことになってしまい、車をお店の駐車場に置いたまま、電車で帰宅する羽目になった。

・その4:研究室スタッフKさん
  いつものことだから、すでに覚悟は出来ていた・・・・・(はず)

・その5:理事長
  外国からのお客さんと会食しているのに、偶然とは言えなんと運の悪いことに、まさにそのお店がキョウラクの行きつけのお店であったため、情報をキャッチしたキョウラクに乱入された。
 で、後日、キョウラクに奢ることを、お客さんの手前、つい、約束してしまった。

・その6:某理事
  理事長と一緒に会食中に、キョウラクから財布をねらわれた。が、手近になかったのが幸いであった。

・その7:某学科長
  なぜキョウラクが情報をキャッチしたのかわけもわからず、目を白黒させて、逃亡に成功した。

・その8:某同僚
  キョウラクとしゃべるのは初めてだったので、これを教訓として、今後は近づかないようにしよう、と学習した。

 で、今日の私は謝って歩く・・・・、日。すみません。
 

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2012年5月17日 (木)

「天気」予報、の日

 今日は宇治の源氏物語ミュージアムで講演会。楽しい館長さん、「かわいい」後輩学芸員さんたちにサポートしていただき、気持ちよく、言いたいことをしゃべることが出来た。聞いて下さったみなさまにも、感謝。
 なお、今日のアクセス数が驚くほど増えているのは、館長さんがここをご紹介下さったから、だろう。このブログの内容は、今日の講演内容と、ギャップがありますかね?

 それにしても、ほぼ1年ぶりの講演会。学科長を理由に断りまくってきたから、ね。で、講演というのは一種の芸能なのだけど、私のこの芸の腕が落ちていることに気付いた。
 うまくいく講演の時には、脳みそを5分割ぐらいして、それぞれに動かして、聴衆の反応を見たり、それに応じて話の内容を変化させたり、ミスがないかをチェックしたりするのだが、今日は2分割ぐらいで限界だった。
 年を取ったからか、あるいは、「心労」のせいか・・・ま、後者にしておこう。

 で、表題は、「天気如此」の「天気」である。
 明日、学科長としての某用務のため、夜になると私は「荒れる」予定である。「天気」大荒れ、大暴風雨予報なのである。
 なので、その「犠牲者」を現在物色中・・・。

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2012年5月16日 (水)

京都フィールドワーク、の日

 当初から、この日にフィールドワークを予定していた。博物館で陽明文庫展を見て、なぜだか東福寺へ行き、さらに平安京貴族邸宅跡めぐりをする予定であった。
 が、昨日の大雨で葵祭が本日に順延され、「一度も見たことがない」とのたまうゼミ生たちの希望で、葵祭を見学することとなった。私も、久しぶりの見学である。

 まずは、京都国立博物館正面玄関で集合。と、そこに、なぜだか謎の元新聞記者が通りかかる。声を掛けると、あまりの出会いに、よろけておられた。そんなにびっくりせんでもええがな。
 謎の元新聞記者:「学生さんの引率ですか?」 
 わたし      :「いんや、私が引率されてるんです・・・」
 だって、私、だれが来るのかも知らなかったし、別ゼミの学生がにこにこしていたし、お昼ご飯の場所が決まっていなかったし(こだわっている・・・笑)・・・やっぱり引率されていたのである。
 で、陽明文庫展は、古記録類の充実ぶりに圧倒される。が、一番再会したかった『親信卿記』は展示替えでいなかった。私、号泣。が、「車図」と出会えたのは、嬉しかった。
 で、学生さん達に、具注暦の使い方や、日記の清書本の意味を解説しておいたので、他の観覧者が「道長って、きれいな字を書きはるねぇ」と言っているのが、それは暦の文字であることに気付くことが出来、みんなが優越感に浸っていた、とか、なんとか・・・ま、教員と一緒に展覧会に行く意味はある。が、あまりの混雑ぶりに、一緒に行動することは不可能だった。しゃあないわな。

 で、バスに乗って、東福寺へ。
 わたし:「なんで東福寺なん?」
 ゼミ生:「庭を見たいんです!」
 とのことで、実は、私の卒論とかすっているお寺へ。卒論でとりあげたお寺は、あとで横をかすめて歩いた。一人で感慨にふける。

2012_051620120005 庭にとけこむゼミ生たち。


2012_051620120007 なにかあると、必ずのぞき込むのも、うちのゼミ生たちの特徴。
 この頃、指導教員は極度の空腹に襲われ、非常に不機嫌になっていた・・・・・

 で、お昼ご飯を食べ、一挙にご機嫌になってから、葵祭見物へ。午後になってからの後半部分、つまり下鴨神社から上賀茂神社へ移動する行程の部分をねらう。みんなで植え込みを一つ占拠して、かぶりつきで見ることが出来た。私たちの植え込みの前に立とうとした人がいて、これは、どいて、って頼むべきだよな、と思っていたら、ゼミ生中のにらみがきいたらしく、移動していった。「車争い」は起こらなかったね。

2012_051620120014 沿道はすずなりの人々。座って見るには、どのくらい前から準備しているのだろう。


2012_051620120015 まずやってくるのは、先導車のパトカー。その後ろの方にいた黒塗りのハイヤーには宮司さんが乗っていた。で、携帯電話を使っているのが見えて、ゼミ生たち苦笑。
 

2012_051620120017 平安騎馬隊。かっこいいねぇ。
 

2012_051620120020 行列のみなさんもお昼休憩を取ってリフレッシュした後、のはず。が、一部には疲れが見える人たちも。


2012_051620120028 こういうあたり、絵巻の通りだよね。


2012_051620120034 なかには、機嫌の悪い馬もいて、はらはらした。いつだったか、事故が起こっていたからね。ゼミ生たちが、「滋賀県大生、葵祭で馬にはねられる、って新聞に載ったら恥ずかしいですよね」と言っていたが、それはそれで大学の宣伝になっておいしいかも、と思っていた指導教員であった。


2012_051620120039 これも、絵巻の通りの風景。


2012_051620120056 いよいよ牛車が来ましたよ。これは「空車」だけど。
  

2012_051620120059 車輪の大きさがよくわかるね。ぎしぎし、と音を立てていた。


2012_051620120061 で、現在の牛は物を牽くことに慣れていないから、実際に車を動かしているのは、後ろから押しているこの人たち。大変そう・・・


2012_051620120062 さらにその後ろには、予備の牛も付いて歩く。で、最初に広報車が「牛と馬をびっくりさせないで下さい~」とアナウンスしていて、ゼミ生が「牛に轢かれるのもいやですね」と言っていた。が、おそらく、この牛たちは滋賀県の牛(朝日新聞2008年5月3日付記事参照)。とすると、「滋賀県の牛、葵祭で沿道の滋賀県大生を選んで襲いかかる」というキャプションが浮かんできて、それをゼミ生に言うと、「先生が轢かれるかも知れませんよ!その方がインパクトがあります、って!」と言いやがった。わたしゃ、あんたらを棄て置いて逃げるわい!


2012_051620120063 で、行列が止まって、どうしたのかと思ったら、清掃部隊が活動していた。


2012_051620120075 勅使の馬は飾りがすごいね。
   

2012_051620120082 この花笠の一団、たぶん、一杯引っかけていたと思うよ。
    

2012_051620120109 行列の主人公、齋王代。乗っているのは、本当は腰輿。古代は「ようよ」と読むが、今は、「およよ」と呼ぶ。


2012_051620120110 本来は輿のはずなんだけど、現代の駕輿丁には体力と根性がないので、こんな風にタイヤが付いている。


2012_051620120119 小忌衣の女性たち。これも、絵巻の通り。


2012_051620120120 後ろ姿を観察できるのが、絵巻とは違うところだね。髪型が面白い。
 

2012_051620120134 この笠の下の女性の髪型、ちゃんと「髪上げ」になっている。


2012_051620120144 2台目の牛車。右側の牛童が一生懸命に綱を引いていて、沿道のほほえみを呼んでいた。


2012_051620120149 が、実際に動かしているのは、やっぱり、後ろにいるこの人たち。その後ろには、控えの牛がいて、追い立てている。
    

2012_051620120153 一番最後は、古風な箒と、現代のちりとりを持った清掃部隊。

 ということで、初夏を思わせる陽気の京都をゼミ生さんたちと楽しみました。ありがとう!

 それにしても、集合時間の10分前には全員がそろっているって、あなたたち、パンクチュアルすぎるわ!

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2012年5月15日 (火)

多忙に多難、な日々

 え~っと、生きてます。が、倒れそうです。禿げそうです(泣) 
 なんとか息抜きをしようとしていますが、それもままならず、胃潰瘍が近づいてきているのを感じます。

 明日は学生を連れてのフィールドワーク。学生さんの存在が私を支えてくれています。どうやら「律令ガール」が誕生するようで・・・(笑) こういう発想、私にはなかったなぁ。

 笑わせてくれる学生さんに、感謝!

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2012年5月 7日 (月)

連休終わる、の日

 今年の連休は、前半に舘さんの一件があったこともあって、不調気味であった。最低限の仕事は仕上げたけど、それ以上には進まなかった。あとで困るぞ、自分!
 さらに、新たな仕事を2つ引き受け、ますます負債を増やして自分を追い詰めている。がんばれ、自分!

 で、この間、ダークサイドの実力を思い知らされる出来事があった。あの人たち、ダークさ加減が半端じゃない。政治ってのはこうやるんだ、と感心させられた。今回学んだことは、政治史研究にいずれ活かそうっと。

 ダークと言えば、この連休中に科研(私が主催者)の研究会を開催したのだが、共同研究者のk氏がそのブラックさ加減をまだ発揮していない。それをあおるのが私の仕事だろうけど、こちらも不調なのでそこまで気が回らない。秋頃には本領発揮していただこう。

 ということで、低空飛行ながら、少しずつ仕事を進めています(どこに向かって言ってるんだか・・・)

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2012年5月 2日 (水)

新歓コンパ、の日

 昨日(5月1日)は、ゼミの新歓コンパ。またまた、研究室での粉もんパーティーである。会費が1000円ですむから、どうやら、味をしめたらしい・・・・・

2012_050120120002 買い出し部隊は、4回生。賢く買い物が出来たらしく、満足の表情。

2012_050120120006 新歓、ってのは、新しいメンバーを歓迎する会なわけだから、3回生はお客さんのはず・・・・・だけど、しっかりと働いていた。偉いぞ!

2012_050120120008 チジミ2種類、たこ焼き@バリエーションあり、が完成。さ、飲み物を用意しましょう。
 この頃、研究棟には粉もんの匂いが充満し、匂いが臭いと化して、「どこの部屋や?」と探索に来たみなさんが、「あ、キョウラク研究室か・・・」と納得して引き返しておられた、とか、なんとか・・・・・

2012_050120120010 なぜだか、別ゼミの学生まで迷い込んできていて、しっかりと食べていた。また、食べにおいで!但し、有料(笑)

2012_050120120013 たこ焼きは関西人の基本スキルだねぇ。
 今年の3回生も結構飲むので、これからも楽しみですぞ!









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2012年4月30日 (月)

メルマガの原稿を、の日

 まあ、明日アップしても良いのだけど。

 こうち男女共同参画センター「ソーレ」発行の、ソーレメールマガジン「FROMソーレ」Vol.109◇発行2012月4月にエッセイを掲載していただいた。
 ここに転載。「執行部」のところを「ダークサイド」と読み替えてお楽しみください。

◇◇大学における男女共同参画推進七転八“起”記

              滋賀県立大学人間文化学部・教授 京樂 真帆子

 大学という組織は、学生・教員・職員という3つの構成メンバーから成っている。そして、大学という場は、教育の場・研究の場・職場という3つの側面を合わせ持っている。こうした複雑な構造こそが、大学における男女共同参画推進が一筋縄ではいかない原因の一つになっているのだと、ため息が出てくる。つまり、すべてのメンバー、すべての側面をカバーする推進組織を作ることはとても難しいのである。この困難を乗り越えるためには、推進への意欲を持った大学執行部とそれを支える教職員組織の存在が不可欠だ。しかし、私の所属する大学の執行部には、そうした気概のひとかけらも期待できなかった。
 それでも、少しずつでも前に進みたいと思い、教員・職員の仲間たちと一緒に大学執行部へ様々な要求を出してきた。その中には、入試やオープンキャンパスといった大学行事の際に一時保育の場を設けるなど、実現したものもある。が、大学全体としての総合的な取り組みは、なかなか進まない。大学執行部が口にするのは、「予算がない」という伝家の宝刀であり、錦の御旗である。「無い袖は振れない」というのは、やる気のなさを隠蔽する言葉で、つまりは、袖を作ってまでこの問題に真剣に取り組む意思を持たない、ということだ。
 そこで、一計を案じて、男女共同参画についての調査研究を大学の研究資金を獲得して実施することにした。袖を無理矢理作らせよう、という魂胆だ。これは文系理系を問わずに学内コンペで決まる競争的資金で、「男女共同参画が研究対象になるのか?」との反対意見を押しのけて、なんとか採択に至った。
 2年間の研究期間で、他大学の取り組みをヒアリングし、学内調査として教員と学生の男女共同参画意識などに関するアンケート調査を行い、分析した。その成果は、大学教育に携わった経験を持つ嘉田由起子滋賀県知事を招いての公開シンポジウムで、県民のみなさんに公開した。なお、嘉田知事は、全国知事会男女共同参画特別委員会委員長でもある。この『男女共同参画社会時代の大学─今、滋賀県立大学では─』と題したシンポジウム(2010年12月18日)は新聞報道もされ、それなりの評価を得たと自負している。こうして、学内の男女共同参画推進のための基礎データの整備が完成し、いつでも活用可能となった。
 そして、もう一つの成果は、「性を考える」というタイトルで、全学向けの男女共同参画に関する所謂一般教育科目の新設に成功したことだ。これも、「難産」だった。
 当時の教育担当理事は、「これは、高等教育機関たる大学として単位を出すことが出来る科目なのか?」と、その教育レベルを問題にした。言い換えると、これは単純な啓発活動ではないのか、研究に裏打ちされた教育となるのか、という疑念であった。
 男女共同参画という対象自体が、運動の側面を持つ研究かつ教育実践なのだ、と理解してもらうのには時間がかかった。そのために、私たち教員自身が男女共同参画に関わる研究を積み重ね、自らその意義をアピールする必要があった。これには、ほぼ5年が費やされた。
 まあ、最後には、一般教育科目を増設したい大学執行部側との熾烈な駆け引きとなったが、「この授業を開講するまでにかかった時間や努力を思うと、今、私は感無量です」という私の第一声で始まった「性を考える」は、今年で開講3年目を迎える。毎年、男女ほぼ半数ずつの100人程度の受講生を得て、教育担当理事も今ではにこやかに話題にしてくれている。
 しかし、相変わらず、学内に男女共同参画推進のための組織はたちあがらない。大学執行部の顔ぶれが変わっても、その返事は煮え切らない。えい、もう待てないぞ、ということで、他大学との協力体制に期待することにした。それは、滋賀県女性研究者等支援連絡協議会という組織で、事務局は滋賀医科大学にある。これは、県内大学として唯一男女共同参画推進室を持つ滋賀医大と、滋賀県男女共同参画課がタッグを組んだもので、個々の大学での努力をカバーするために、県内13大学による連携プレーを模索することにしたのである。といっても、これは名前の通りの組織なので、正確には、男女共同参画推進を目標とするものではない。しかし、男女共同参画推進なくして、女性研究者の支援が成り立たつはずはない、という論理で、私たちは協力を惜しまない。
 こうした「外圧」がなければ学内の改革が進まない現実を歎きながら、大学によって温度差がある現実にも悩まされながら、今日ももう一歩進もうとしている。
 

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舘さんの魂は、の日

 今日、舘さんを火葬にしてきた。犬を見送るのも3匹目となると、ある意味、勝手がわかってくる。今回のペット葬儀屋さんは右京の時にも使ったところ。が、進行が「儀礼的」になっており、ある意味「進化」している。う~ん。
 骨を見ていると、背骨のきれいさが際立っていた。これが長寿の秘訣なのかもしれない。カルシウムをとらなくちゃ!
 で、おそらく、舘さんの魂はもう京都にはなく、福島の相馬に飛んで帰っていることだろう。遺骨をどうするかは、元の飼い主さんと保護団体さんを通して協議中。

 ハナは、最期の時にはきちんとお座りをして、舘さんの足下にひかえていて、顔をこわばらせていた。衛府は、意味がわからず、重い空気を何とかしようとして、騒いでいた。が、今朝は、動かなくなった舘さんを見つめて、何かを悟ったような表情を浮かべていた。
 で、2匹ともショックを受けているので、そのケアが大変。まだあちこちに舘さんの匂いが残っていて、ふっとした時に涙が出てくる。

 が、人間は、すでに通常営業中@連休バージョンです。お気遣いなく。
 

 お花をくださったみなさま、ありがとうございました。きれいなお花に心が癒やされます。

Photo 外飼いだった舘さん、外でひなたぼっこをするのが好きだった。こんな風に、にこにこしていた。

Photo_2 我が家定番の写真(笑)。ドライブが大好きで、時には運転席を乗っ取ろうと狙っていた。

Photo_3 これも我が家定番の写真(笑) ちょっと腰が引けてるね。

Photo_4 琵琶湖へ連れて行ったけど、水遊びはしなかった。子どもの頃は、元飼い主さんに連れられて海に行って遊んでいたそうだけど。海と湖の違いがわかったのかも。

Photo_5 亡くなる4時間ほど前の、生前最後の写真。なんだか楽しい夢を見ているみたい。

 ということで、明日からは、2人と2匹でがんばります。





 

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舘さん逝く、の日

 4月29日午後11時55分、舘さんが旅立ちました。正確な生年月日は不明ですが、夏生まれだったということですので、15歳と8ヶ月でしょうか。ラブラドールとしては、驚異的な長寿です。生まれ育った福島で最期を迎えることが出来なかったことが、お互いに悔やまれるところです。

 看病と介護をやりきった感はなく、後悔するところが多々あります。が、最期の穏やかな表情が私たちの救いです。最後の瞬間には、同居人、ハナ、衛府と一緒に傍にいてやることが出来ました。

 今日まで支えてくださった保護団体のみなさま、声をかけてくださったみなさまに、心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。

 付記:同居人が発信したメールが(ヤツにしては)名文なので以下に転載。舘さんの本名は「舘さん」に変更してあります。

舘さんと遊んでくれたみなさんへ
 昨日23:55、舘さんが亡くなりました。15歳8ヶ月でした。

 昨年3月11日の大震災とつづく原発事故で、元の飼い主さんが避難を余儀なくされ、舘さんは放浪をはじめたようです。その後、動物保護団体に保護されましたが、仮設住宅にお住まいの元飼い主さんは犬を飼えず、舘さんは2つの団体の手を経て拙宅へやってきました。昨年6月初旬のことでした。

 なかなかに気の強い「お婆さん」で、先住犬の若い方・衛府はたちまち圧倒されてしまいました。人間を噛むことにも躊躇せず、結局、2回は手を噛まれました。

 拙宅に来る前から患っていた腫瘍が肺に転移し、今月初旬以降、呼吸が苦しそうでした。
 人間でいえば、100歳を越える高齢であり、よく生き抜いたと思います。
 もし、3・11がなければ出会うことのなかった「生」を、しかし、この関西の地で全うさせてやれたことは、よかったことだと思っています。

 昨年8月、今年正月、「遠巻きに」遊んでやってくださったみなさんにも、感謝いたします。
 ありがとうございました。

                       from  仁木 宏

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